もうハービー・ハンコックも85歳(25年6月現在)なんですね、とちょっと驚きを覚えました。何だかいつまでもジャズの歴史的に「新進気鋭のジャズ・ピアニスト」というイメージがあるせいでしょうか。そりゃ確かに、いわゆる「ジャズ・ジャイアント」と呼ばれた方々は長生きされていたとしても流石に鬼籍に入られる方が多くなりましたね。彼らがご存命ならば90代以上という事になりますから、やはりハービーは若手という事になるのか…
デビューが早いんですよね。21歳でブルーノートから初リーダーアルバムをリリースしていますから。そしてハービーを含むウェイン・ショーター(ts,ss)やフレディ・ハバード(tp)、トニー・ウィリアムス(dr)といったミュージシャンは「新主流派」と呼ばれました。
何せ活動時期も長く、音楽性も変化というよりどんどん幅を拡げてきたハービーですが、今回取り上げるのはこのブルーノート期の名盤「Maiden Voyage(処女航海)」です。キャリアで言えば初期になりますね。

こちらはブルーノートから5枚目のアルバムで1965年にリリースされました。
メンバーは…
- ハービー・ハンコック(p)
- フレディ・ハバード(tp)
- ジョージ・コールマン(ts)
- ロン・カーター(b)
- トニー・ウィリアムス(dr)
構成としては当時のマイルス・デイヴィス・クインテットのメンバーで、マイルスの代わりにフレディが入っているという感じでしょうか。
曲目は…
SideA
1. Maiden Voyage
2. The Eye of The Hurricane
3. Little One
SideB
4. Survival of The Fittest
5. Dolphin Dance
全曲ハービーのオリジナルです。そこがまたハービーのメロディメーカーという強みが生かされていますね。実際、ハービーの奏でる音って独特のものがあると思います。自分がもっと音楽理論みたいなものを理解していたら上手く伝えられるのですが…その辺りは申し訳ありませんとしか言いようがありませんね。
曲のタイトルにも着目すると、冒頭の「航海」次には「台風の目」ラストの「イルカのダンス」といったように統一感がある事に気付かされます。そういった意味では「コンセプト・アルバム」とも言えるでしょう。
まずアルバムタイトル曲「Maiden Voyage」から。この曲はハービーの奏でるピアノがいかにも「幕開け」を思わせる出だしが印象的です。これから何かが始まる…さあ、この大海原にいざ行かん!フレディ・ハバードのトランペットが宣言しているようでもあります。荘厳ささえ感じさせるこの曲、「ブルーノート」というファンキーなイメージの強いレーベル作品としては、異色と言えるかもしれませんね。
次の「The Eye of The Hurricane」はオープニングのホーンの鳴り方で異変を知らせます。走る緊張感。ハービーのピアノのタッチも強いものになってきます。それにしてもドラムのトニー・ウィリアムス!当時19歳で「神童」と呼ばれていましたが、この曲を最高に盛り立てているのが彼でしょう。この疾走感たるや、もう。彼の特徴である切れ味鋭い「シャーンシャーン」というシンバルレガートやハイハットには唸るしかありません。
「Little One」はマイルス・デイヴィスのアルバム「E.S.P.」でも演奏されています。マイルスのヴァージョンではやはりマイルス先生の存在感が圧倒的でバッキングはそれを引き立てるプレイになっているように感じますが、こちらのハービーがリーダーのヴァージョンでは平等感が増すと言いましょうか、それぞれのプレーヤーの見せ場がしっかりとある印象を持ちます。

レコードならばB面に移り、「Survival of The Fittest」は「適者生存」という航海の厳しさをまだ感じさせるタイトルですね。緊張感が持続しているようなハービーのピアノから始まり、「気をつけろ」と言っているかのようなホーンが鳴ります。そして困難に立ち向かうような勇ましい音に変わっていくのです。トニーのドラミングもそれを鼓舞していきます。しかし再び鳴るアラートのようなホーン。ハービーのピアノが不安感を募らせるような音を奏でます。早く嵐よ、立ち去ってくれ…
ラストの「Dolphin Dance」で嵐は過ぎ去ってくれたことを教えてくれます。すっかり平穏を取り戻した晴れた朝の大海原。イルカも上機嫌で飛び跳ねています。ほっと胸を撫で下ろしたくなる、そんな曲ではありますが、ハービーのピアノ演奏自体は何だか独特と言いますか、実際難曲だそうです。
短編映画のような42分。聴き応えがありますね。
ハービーのブルーノート時代は他にも6作ありますが、どれもイイんですよね。

- 「Takin’ Off」
- 「My Point of View」
- 「Inventions & Dimensions」
- 「Empyrean Isles」
- 「Maiden Voyage」
- 「Speak Like A Child」
- 「The Prisoner」
リリース順に並べるとこのようになります。ブルーノートから移籍後、ハービーは電子楽器を手にフュージョン方面の発展にも貢献し、さらにはヒップホップにも接近するなど幅広い活動を行います。それも十分に頷ける「音」は既にこの時代にも表れていたと思いますね。また、2000年代にはジョニ・ミッチェルのトリビュート盤「River」でグラミー賞の「最優秀アルバム賞」を受賞しました。これも大好きなアルバムです。
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