80年代、特に後半は大雑把には「バブル時代」と重なる時代でもありました。学生でしかも陰キャだった私にそれを実感させるような事も特に無かったよな~と思うんですが、今で言う陽キャと言われる当時の若者は日々ディスコ通いにうつつを抜かしていたのかもしれませんね(超・偏見)。
そんな「ディスコ」に当時欠かせないのが「ユーロビート」でしょう。70年代のソウル・ミュージックを主体としたディスコブームとは趣が違ってきたわけです。生楽器の生み出すグルーヴから、ヤマハ「DX7」に端を発するシンセサイザーによるデジタルビートがダンスミュージックの主権を担うようになる…まさに80年代的とも言えますね。別名「ハイエナジー」とも呼ばれていましたね。
また、これを語る上で欠かせないのが「ストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)」というプロデューサー集団ですね。この方々によってキャッチーで売れる要素満載のユーロビートが量産されていったのです。
ちなみに私はこのユーロビート、正直あまり好きではありませんでした。何かね~、ビートが軽すぎて「よくこれで踊れるものだなあ」と思ったものです。ダンスミュージックなら低音のビートがまずしっかりしていなきゃ、などと。でも今は何だかそれも懐かしいですね。
それでは主だったアーティストを紹介していきますね。
デッド・オア・アライヴ
眼帯をした独特の風貌なピート・バーンズが印象的ですね。「You Spin Me Round」など、ヒット曲もかなり多いですがどれも似たような曲ばかり。しかしどれもキャッチーで飽きの来ない曲ばかりなんですね。ヒットするのも頷けますし、本当にこれは凄いことだと素直に思います。
バナナラマ
「ヴィーナス」のカバーヒットで知られる女性3人組。ショッキング・ブルーによるフォーキーな同曲を、SAWが見事にユーロ化しました。まあ、私はオリジナルは後で知った世代ですけどね(笑)。
カイリー・ミノーグ
「ロコモーション」のこれまたSAWによるカバーが大ヒット、「ラッキー・ラヴ」など他にもヒット曲を連発していました。当時はアイドルとしても人気がありましたね。そして現在も現役でヒットを飛ばす、オーストラリアを代表するアーティストになりました。
リック・アストリー
「ギヴ・ユー・アップ」などカイリーと同じSAWによる楽曲を渋めの低い声で歌うものだから「カイリーの曲を回転数(レコードですね)を落としたのが正体」などと、ネタ的に存在自体を疑われていましたが、もちろん実在します。活動休止をしていた時期もあったようですが2000年代に復活、そのソウルフルな声は年輪を増してまさに「今が旬」。17年のサマソニにも出演しています。
マイケル・フォーチュナティー
何と言っても「ギヴ・ミー・アップ」で有名なイタリア出身の「ユーロビートの申し子」。ショルダーキーボード(←まさに80年代的!)を弾きながら歌うイメージが何だか強いですね。
メロディが分かりやすいこともあって日本で親和性の高かったユーロビート、カバーによる大ヒットも多いですね。数年前にも再注目された荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」や、Babe「ギヴ・ミー・アップ」、Wink「愛が止まらない」、森川由加里「Show Me」、演歌歌手になる前の長山洋子「ヴィーナス」など枚挙にいとまがない程ですね。しかしまあ、挙げる名前に同世代がなんと多いことか。
80年代を過ぎても日本ではしばらくユーロビート人気は続きました。「スーパー・ユーロビート」というコンピ盤が長くシリーズ化されている事でもわかりますね。さらには90年代後半にも「パラパラ」ブームによって、クローズアップされた事も記憶に新しいのでは。ある意味「日本人の心を捉えた洋楽」とも言えるかもしれませんね。
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